まちなみ整備 地域住民自らが誇りと自信の持てる街へ~しおざわ100年の大計物語~

塩沢町の中心街は旧三国街道(日本海側と江戸を結ぶ輸送路)沿いの宿場町として栄えておりました。
それから300年。その歴史と文化を復興させようと1998年より地元住民が「塩沢らしさ」とは何かを町役場そして県地域振興局の職員の方々と長い時間をかけ、議論しワークショップを行って考えました。
結論、それは「雪国の歴史と文化の街」ということに集約されました。そして県の事業認可を経て2003年より市、県、国が一体となって街づくりを進め、2009年に三国街道塩沢宿「牧之通り」として完成いたしました。
この「牧之通り」とは、江戸時代の雪の書「北越雪譜」を書いた鈴木牧之(ぼくし)にちなんで名付けられました。
建物のデザインルール、セットバックによる雁木建設など公共空間から私的空間までが一体的に整備されております。

電信柱のない街へ タイムスリップしたような異次元空間

街並み整備事業と合わせ、電線の地中化が行われ街の中から電信柱と電線が消えました。空はこんなにも広く見えるものなのかということを実感できる空間が牧之通りにはあります。そして2010年から牧之通りはライトアップも行っております。
やわらかな光による対面照射でそれは幻想的なタイムスリップしたかのような異次元空間となっております。
飲食店やみやげ屋もございます。どうぞしおざわへお出かけ下さい。

鈴木牧之

昔は、江戸や上方には雪に苦しむ豪雪地のことなど全く知られていなかった。
その雪国の実態や越後の素晴らしき風習を世に知らしめたのが鈴木牧之である。

牧之は明和7年(1770)年、越後塩沢の縮仲買商の家に生まれた。俳諧をたしなむ父に学問を学び、長じては絵師につき、禅僧に漢詩を学んだ。
17歳の時、縮の商いで江戸に出た時には、書塾に入門し、後に一流の文人たちと交わる基礎はこうして築かれた。

牧之は江戸を訪れた時に、雪のない冬をはじめて経験し、雪国越後の特殊性に気づいた。そして、雪国の真の姿を他国の人々に紹介することを思いつき、魚沼の暮らしや自然のありさまを少しずつ文書で書き始めた。
この草稿がやがて「北越雪譜」となる。

世界最古の雪に関する著作であり、長野オリンピックの際、国が海外メディアに「北越雪譜の世界」として配布。